「未経験の業種で独立したい」——その創業融資、通りますか?

「今まで一般事業会社で経理をやってきました。でも、これから始めたいのはホテルとか民泊のビジネスなんです」
独立のご相談を受けていると、こういうケースは珍しくありません。今までやってきた仕事と、これからやりたい仕事が、まったくつながっていない。
自己資金だけで始めるのであれば、正直なんでもいいと思っています。誰に迷惑をかけるわけでもないですし、好きなようにやればOK。
ただ、ビジネスを始めるのって、それなりにお金がかかるんですよね。そうなると、日本政策金融公庫や地方銀行に相談に行くことになります。
そして創業計画書には、「経営者の略歴等」という欄がある。ここに、これまでの経歴・スキル・資格・実績を書くわけです。
さて、ここに「経理10年」と書いて、事業内容に「民泊」と書いたとき。
融資担当者はどう思うのか。説明は必要なのか。そもそも、通るのか。
結論から言うと「経験がないから通らない」わけではない
まず身も蓋もない話をすると、「通るかどうかは、やってみないとわからない」です。

これで終わると読んでいただく意味がないので、もう少し踏み込みます。
公庫にせよ地方銀行にせよ、金融機関が見ているのは究極的にはひとつだけです。
「そのビジネスから、貸したお金をどうやって返してもらえるのか」
ここさえ説明できるのであれば、経験があろうとなかろうと、実はそこまで決定的な話ではありません。
データで見ても、未経験の開業者は一定数いる
日本政策金融公庫総合研究所の「新規開業実態調査」では、開業者のうち斯業経験(=これから始める事業に関連する仕事をした経験)がある人は約8割強という結果が出ています。

裏を返せば、1割強〜2割の人は、関連する経験がない状態で開業し、しかもその多くは公庫の融資を受けているということです。
この調査はそもそも「公庫が融資した企業」を対象にしていますから、未経験でも融資が下りている実例が毎年一定数ある、と読むことができます。
「未経験だと門前払い」ではない。まずここは押さえておいてください。
ただし「経験年数」が制度上の意味を持つ場面はある
一方で、経験年数がまったく無関係かというと、そうでもありません。
公庫の「新規開業・スタートアップ支援資金」には対象者の要件がいくつかあり、その中には
- 現在勤めている企業と同じ業種で開業する人で、その企業に継続して6年以上勤務している
- 同じ業種に通算6年以上勤務している
- 大学等で学んだ技能と密接に関連する職種に2年以上勤務し、その業種で開業する
といった、経験年数を軸にした要件が含まれています。
ここで誤解しないでいただきたいのは、これは「この年数がないと借りられない」という話ではなく、ローンの内容により要件が変わるという設計になっている、ということです。
認定特定創業支援等事業を受けた場合や、民間金融機関との協調融資を受ける場合など、経験年数とは別のルートも用意されています。
未経験が本当にハンデになるのは「数字の根拠」を作れないとき
では、未経験の何が問題になりうるのか。
私は、創業計画書の売上の根拠を、自分の言葉で説明できなくなることだと考えています。
たとえば民泊をやりたいとして、創業計画書に「月商150万円」と書いたとします。当然、こう聞かれます。
「この150万円は、どうやって計算したものですか?」
ここで詰まると厳しいです。
逆に、
- 部屋数と、想定稼働率、1泊あたりの単価に分解して説明できる
- その稼働率と単価が、近隣の同種物件の実績と照らして妥当だと示せる
- 平日と週末、繁忙期と閑散期の差を織り込んでいる
- OTA(予約サイト)の手数料、清掃の外注費、リネン代、光熱費といった原価をきちんと引いている
- そのうえで、返済額を払ってなお手元に残る、と言える
ここまで組み立てられているなら、経歴欄に「経理10年」と書いてあること自体は、大きな障害にはなりません。
むしろ、数字を扱ってきた人間として説得力が出る場合すらあります。
経験がある人は、この数字を肌感覚で持っている⇒だから強い。
未経験の人が不利なのは「経験がないから」ではなく、この肌感覚を持たないまま計画書を書いてしまうからなんです。
経験の「代わり」になりうるもの
では、肌感覚をどう埋めるか。実務でお伝えするのは、この4つです。
1. 短期間でも現場に入る
半年、1年、アルバイトでもいい。今の仕事を辞めて現場に入り、実績を作るという方法です。
ただし誤解のないように言っておくと、「半年やったから通る」「1年やったから通る」という基準はどこにもありません。 期間の定めがあるわけでもない。それでも、経験を積んでおくことが間違いなくプラスになるのは確かです。
2. 人脈——相談できる相手がいるか
意外と軽く見られがちですが、これはかなり重視されます。
親しい友人がホテル業や民泊ビジネスをやっていて、ノウハウを教えてもらえるし、いつでも相談できる。
ただ従業員として雇うことはしていないので、事業は自分で立ち上げてくれ——そういうケース、現実にあるわけです。
このとき、自分自身がその業界で働いた経験が「必ず必要」とまでは言い切れない側面があります。
誰に、何を、どこまで頼れるのか。それを具体的に説明できるなら、それは立派な補強材料です。
3. 契約や見込み客が実在するか
物件の目星がついている、仕入先の当てがある、すでに引き合いがある。「まだ何も動いていない計画」と「もう半分動いている計画」では、説得力がまったく違います。
4. 許認可・資格の準備ができているか
民泊なら住宅宿泊事業法の届出、旅館業なら許可。ここを調べ切れているかどうかは、本気度の指標としてそのまま見られます。
それでも、私が「一度は経験してほしい」と思う理由
ここまで「経験がなくても融資は下りうる」と書いてきました。
ただ、正直に言うと、私はできれば一度は現場を経験してから独立してほしいとも思っています。
融資が通るかどうかとは別の理由です。やってみたら、自分がやりたかったことと違った。イメージと全然違った。 これを開業後に気づくのが、いちばんつらい。
融資は返済が始まります。「思っていたのと違う」と気づいたときには、もう後戻りしにくい状態になっている。それを避けるためのコストとして、半年や1年の現場経験は決して高くないと思うんです。
とはいえ、「経験がないと絶対にできない」というところまでは言えません。 ここは、ご自身の状況とタイミング次第です。
まとめ
繰り返しになりますが、ポイントはここに尽きます。
- そのビジネスは、どういうモデルでお金を稼ぐのか
- 創業計画書の売上に、数字の根拠を示せるか
- 借りたお金を、どう返していくのか
これが合理的に説明できるのであれば、経験の有無や経験年数は、言ってしまえばそこまで関係ありません。経験していないという理由だけで創業融資が下りない、ということにはならないと考えています。
逆に言えば、経験があっても、この3つを説明できなければ厳しい。結局そういう話なんです。
独立のタイミングで悩んでいる方は、「経験を積んでから」と考える前に、まず創業計画書を1枚書いてみることをおすすめします。書けない部分が出てきたら、それが今のあなたに足りないものです。それが経験なのか、人脈なのか、情報なのか。そこが見えてから動いても、遅くはありません。

